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と、笑いながら言う者もあれば
「いや違うね、これは弟君の信勝様を擁立しようと企む一派の暗殺であろうよ。いつまでも信光様の後ろ楯があっては、信長様を討ち取る妨げになるからな」
と憶測を並べる者もいた。
だが濃姫は信じなかった。
どれもこれも確証のない話である。
少なくとも我が夫は、例え信光に何らかの思惑があったとしても、一戦も交えずして、
長らく支持者であった実の叔父をこのような形で謀殺するような男ではない。
それほどに情けない人間ではないと、濃姫は信じたかったのである。Business Center for Correspondence Address | easyCorp
しかし、付け加えるように三保野から
「亡き守護代・信友様がその腹を召される前に、信光様に申したそうでございます。
偽りの起請文をしたためた神罰がいずれ下ると、天道に背いた者は必ず自分のようになるのだ、と」
「信友様が !?」
「はい。故に信友様ご切腹の場に居合わせた者たちは皆、信友様の祟り、天道に背いた報いじゃと申して恐れおののいたと聞き及びまする」
「…報い……」
この話を伺った時は、さすがの濃姫も自身がその助言者であるが故か、その華奢な肩を大きく上下に震わせた。
そしてふいに、道三や義龍、孫四郎、喜平次の顔が光の点滅の如く刹那的に脳裏に浮かんだのである。
何故 信長よりも先に美濃の親族たちの顔が浮かんだのか、この時の姫には分からなかった。
ただ、兼ねてよりの不安が現実のものとなったら…。
神罰というものが本当にあるのだとしたら…。
氷のように冷たい汗が、背中を這(は)うように流れ落ちてゆく心地の悪さに、濃姫は苦悶の表情で耐えているのだった。
──清洲城が那古屋城に比べて格段に豪奢で格調高いのは言うまでもなかった。
それが信長の大掛かりな改修によって、城内はこれまでにも増して宏壮な構えとなり、
御門も南北に位置する櫓も、すっかり新城主の趣へと変化したのである。
先の戦で土埃や血渋きに汚れた床や柱は徹底して磨き上げられたが、その殆んどは新たに普請された為、
城内の各廊下には木材の良い薫りが漂い、通り行く人々の心を僅かながらに和ませていた。
また城内に六、七ヶ所もある掘井戸をかかえた庭には、松や紅梅、楓などが多く植えられ、さながら森を作るように樹木がその両腕を広げている。
女たちが住まう本丸の奥御殿にも木々が多く生い繁っていたが、一方で水辺も多く存在していた。
特に東南の広池の上に設けられた釣殿のような一角は、どこか那古屋城の裏庭にあった心字池と風情が似ていた事から、以後は濃姫のお気に入りの場所となったのである。
そんな濃姫の住まいは、奥御殿の中でも最も奥まった場所に当てられていた。
奥まったと言っても、部屋の前に典麗な中庭が設けられた、明るく、風通しの良い場所であり、
十二畳と八畳続きの御居間から始まる姫の御座所は、どこも華やかで広々としていた。
清洲城へ移った最初の頃は
「姫様。那古屋のお城もよろしゅうございましたが、やはりこちらのお城の方が優美で格式高こうございますな」
「ええ。一通りの改修が済むまで随分待たされたが──どうやら待った甲斐は十分にあったようじゃ」
と、濃姫も三保野ら侍女たちと共に城内を見て回り、その素晴らしさに胸打たれたものだった。