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斉藤は刀を置いた。
普段なら、人が入った気配だけで感知できる彼らがここまで気付けなかった。
やはり余程疲れていたのだろう。
屯所を離れてから安心して眠れもできなかったのだ。仕方あるまい。
「てかひでぇよ姐さん…。なんで俺蹴られたんだよ…」
「なんだ左ノ。お前蹴られたのか」
永倉はニヤニヤしながら布団の中から顔を出す。
「おう。ゴスッとな」
「なんでって。みんなを起こそうと思って」
なんで原田さんを蹴ったんだよ。
美海は黙って聞きながら思った。
自己紹介をするタイミングを逃してしまった。
「いやいや!普通に皆起こせよ!」Business Center for Correspondence Address | easyCorp
「だって。もちろん可愛い我が弟は駄目だし」
みつは沖田を見た。
「一くんはなんか良心が痛むし、永倉さんと原田さんの中じゃ原田さんが一番近かったから。あと何かムカついたから」
意外に毒を吐いていることに気付いていないのだろうか。
原田は涙を呑んだ。
原田が腹を掻こうと着物に手を入れた時、何やら不審そうな目で手を出した。
見ると手は少し黒くなっている。
「げ。なんじゃこりゃ!」
「原田さん駄目よ。まだ乾いてないじゃない!」
みつは先ほど原田の腹に墨で絵を描いていたのだ。
「いや!怒られても!てかこれ姐さんがやったんかい!」
原田は服に墨が着かないように離しながら喚いている。
「だって。今夜は宴会になるから。腹踊りするでしょ?」
みつはかわいらしく笑った。
わかった。
沖田さんとお光さんの似ているのは笑った目元と鼻筋と雰囲気だ。
性格は姉の方が快活だが、いたずらっ子なところはそっくりである。
沖田さんの髪の毛をあんな風に綺麗に結ったらどっちかわかんないんじゃないかな。
みつは一通り辺りを見回した後、ピクリと目を見開いた。
ジッと美海を見ている。
わ…私?
なんとなくニコリと笑った。
相変わらずこの騒動でも市村は起きない。
あれかな。誰?みたいなこと言われるのかな。
みつはジリジリと近づいてきて、いつの間にか目の前にきていた。
ジッと顔を見られる。
鼻と鼻が着きそうな距離だ。
なんか恥ずかしいんだけど。
ここまでマジマジ見られたことはない。
「わかった!美海ちゃんでしょ!」
みつは美海の手を取り、そう言った。
一同ポカンと固まっている。
「あ…はい」
美海もきょとんと目を見開いた。
「なんでって思ってるでしょ?それはね総ちゃんの「あー―――!余計なこと言わないでくださいね姉上」
沖田はギラリと目を光らせた。
総ちゃんの?なんだろう。
「えっと…。私のこ…恋人だと報告したんです」
「それだけ?それだけかなぁ?」
「姉さん!」
みつはニヤニヤしている。
沖田はそれを睨んだ。
沖田は昔からみつには頭が上がらない。
「ところであの子は?」
みつは沖田を無視し、壁に寄りかかって爆睡している物体を指差した。
「市村鉄之助。ちびっこのまだ14か15ぐらいだったかな。土方さんの小姓だよ」
永倉が言った。
「ふーん。いやでも美海ちゃん本当にかわいいね!総ちゃんが惚れるのもわかるわ!」
「姉さん!!」
沖田は息を荒くしながら再び睨む。
自由奔放な人だなぁ。
美海は苦笑いした。
結局みつはペラペラとしゃべり、目が覚めてしまった彼らは下の階に降りることにした。
下には土方の親族も来ているらしい。盲目の兄の土方為三郎と姉のおのぶである。
皆行っちゃった。
部屋は一気に静まり返った。
一応市村を起こしておこうと近づく。
だって、土方さんを敬愛してるから、そのご親族に会いたいよね。きっと。
「鉄くん。鉄くん」
「んぅぅぅー…」
小さく揺するが起きる気配はない。
仕方ないなぁ…。
美海が諦めて振り向くとまだ部屋にはみつがいた。
「………」
ジッと静かに見ている。
「?」
またなんとなく微笑んでしまった。
なんだか不思議な人だ。
「美海ちゃん」
「は!はい!?」
いきなりだったため、声が裏返ってしまった。
やっぱちゃん付けは慣れないな。
山崎さんを思い出すよ。
ズキリと胸が痛んだ。
「ありがとう」
「何がですか?」
「総ちゃんを、好きでいてくれて」
「なななななんですか!?」
美海と沖田が乱闘を繰り広げた(美海が殴っただけ)場所の前の部屋が丁度伊東の部屋だったのだ。
伊東が襖を開けた瞬間、先ほど話していた美海を見つけたため声を駆けようとしたら美海が沖田を殴っていた。
沖田はふっ飛んでいた。
「え…?」
沖田くんの方が立花くんよりもでかいよな?
立花がふっ飛ばした?
「あ…あの…えっと…」
“必要最低限は関わるな”
土方の言葉を思いだし、美海はハッとする。
「ぃたたたた…」
沖田は頭を擦っている。
「あはははは!なんでもないです!沖田さん!行きますよ!」
ガシッ
「でわっ!」
美海は沖田の襟元を掴むと伊東に手を上げた。
ズルズルズル…
「ぅわぁぁぁぁあぁ…」
美海はそのまま沖田を引き摺ると暗い廊下を消えていった。
「平助……」
「なんですか?」
「あんな女いるわけがないな。私が間違っていた…」
伊東はげんなりとしている。Business Center for Correspondence Address | easyCorp
「あははは!そうでしょ!あの有名な芹沢も引き摺っていたんですよ!」
あははは!と藤堂は笑っている。
伊東は再び真っ青になると必要最低限は関わらないでおこうと思った。伊東が入隊して一週間。
山崎が見張りをするものの、伊東にも伊東一派にもこれと言って怪しい動きは見られなかった。
グシャッ
スパー…
土方は失敗した書類をぐじゃぐじゃにすると地面に投げる。
煙管を吸っていつも不機嫌そうなその顔は今日は一段とひきつっていた。
あ゛ー―――…。苛々する。
絶対伊東は何か企んでいやがるのによぉ。そんな素振りさえ見せねぇ。
土方は伊東が何も企んでいないとは思わないようだ。頑として自分の意見を変えない。
あの目が怪しいんだよ。
書類に目を通しながらも頭の中は伊東のことばかりだ。決してあっちの意味ではない。
あ。修理費!?高っ!原田の野郎。また辺り構わずものぶっ壊しやがって。
巡回の時、原田が暴れ回ったようで多額の修理費が出ている。
ガラッ!
「「ひっじかったさー――ん!」」
美海と沖田がいきなり部屋に入る。
「あ゛ぁ?」
土方は明らか不機嫌そうな声だ。
またこいつらは…。しかも全く進展してなさそうだな。
「巡回終わったんですけどー――!」
「あぁ。ご苦労。報告書はそこに置いとけ」
「ぅわぁ…なんて心の込もってないご苦労…」
美海はげんなりとした顔で土方を見た。
「俺ぁ忙しいんだ」
「ですって。甘味処でも行きましょう」
「そうですねー!」
そう言うと美海と沖田は部屋を出て行った。
は!何処へでも行きやがれ!お前らの恋なんて一生進展しなかったらいいんだ。はっ!
土方がこんなに苛ついているのは伊東だけが原因ではない。
最近、山南が伊東の部屋に入り浸っているという話を耳にし、苛ついているのだ。
そりゃよぉ。同じ北辰一刀流で昼間っからちみちみ学問に励んでる者同士気が合うのかもしんねぇけどよぉ…。
「はぁ」
いけねぇ。最近の俺は山南さんにまで苛ついてきちまってる。
トンッ
「近藤さんに報告に行くついでに頭でも冷やすか」
土方は一通り仕事を終わらしたらしく、書類をまとめると着流しを羽織り、立ち上がった。
バシャバシャバシャ!
「ふぅ…」
ポタポタ…
土方は近藤の部屋にいく途中の井戸で顔を洗う。
水が滴り、井戸に写った自分の姿が歪んだ。
冷静になろう。
第一山南さんは馬鹿じゃない。伊東派に寝返ることなんてない。
土方は伊東一派に新撰組を乗っ取られることを恐れているのだ。近藤は伊東を信用しきっている。
俺がどうにかしなきゃ。そんなプレッシャーが彼を駆り立てるのだろう。
土方は手拭いで水を拭うと近藤の部屋へ向かった。
「おや。土方くん。こんにちは」
途中伊東に会い、にこやかに挨拶をされる。
「ちはー―ッス」
土方は適当に答え、その場を去った。
「それに姫様は、何日もの時間をかけて、某の為に衣装をてて下さいました。何も出来ないは、嘘にございます」
「…されど、私を妻などにしたら、蘭丸様は表向き、一生涯 り身となるのですよ !?」
「ええ、その事は上様からも何度も念を押して言われました。 ──全て覚悟の上です」
「りから妙な目で見られてしまいますよ !?」
「その時は、“ の傾向が強過ぎて、嫁の来てがないのだ ” とでも申しておきましょう」
「…蘭丸様」
「それとも、美しいたちを多く囲い、妻などいらないのだと主張しましょうか?」
それを聞いた胡蝶は、急にり顔になって
「!それは駄目っ!」Business Center for Correspondence Address | easyCorp
と、娘らしい甲高い声を響かせた。
すると蘭丸は、胡蝶の正面へ軽くにじり寄り
「何故にございます? 妻をめとらず、だけを囲っている武士も稀におりますよ」
と、どこか意地悪な顔つきで言った。
「で、でも…蘭丸様は、駄目です。お妾なんて…っ」
「されど、お父上である上様にも幾人ものご側室がおいでですが、姫様はその件で、一度も不満を漏らした事などないではありませぬか」
「父上様は良いのです! 私は、蘭丸様が私以外の……」
「 “ 私以外の ” 何です?」
「……」
「言って下さらねば分かりませぬ」
耳の先まで真っ赤になっている胡蝶に、蘭丸様はすっと顔を近付ける。
秀麗な蘭丸の面差しに、大人びた、余裕のある微笑が浮かんでいる。
柔らかそうな前髪をさらりと揺らしながら、蘭丸は更にひと分、胡蝶の前にを近付けると
「言って下さい」
からかうような、でも内に優しさが感じられるような、甘い声で囁いた。
胡蝶の小さな胸は早鐘を打ち、ときめきと恥ずかしさから、微かに瞳を潤ませた。
「…蘭丸様が、私以外のおなごに関心を持たれるのが、らなく嫌なのです…」
「それは何故ですか?」
「─!」
更に訊ねてくる蘭丸を、胡蝶は唖然とした表情で的に見つめると、次第にれ顔になり
「ら、蘭丸様は、意地悪にございます!」
くるりと背を向けた。
「左様なことを、まことにおなごの口から言わせるつもりにございますか!?」
胡蝶はのように赤く染まった顔を俯けながら、叱責するように叫んだ。
「あなた様をおいしている故、嫌だと申しているのです!何故 黙認して下さらないのですか!?」
「──」
「源氏物語に出て参るなどは、いつも自ら、愛しいお方に愛のの葉を囁かれまするのに!」
やや不満そうに胡蝶が叫ぶと、蘭丸は姫のな背中を見つめながら
「……左様にございますか。分かりました」
と、小さな声で言った。
どことなく気持ちが沈んでいるような響きだった。
…少し、言い過ぎてしまっただろうか?
物語の中に出て来る架空の貴公子と比べてしまったのは、さすがに子供じみていたかも知れない。
胡蝶は顔を上げ、チラと背後を振り返った。
すると、蘭丸の上半身が素早く胡蝶の背中の上に重なり
「──ならば、光君と同じように致しましょうか?」
そう耳元で囁きながら、蘭丸は後ろから胡蝶の身体をぎゅっと抱き締めた。
そして、こう語りかけた。
「 “ あやなくも てけるかな 夜を重ね さすがに慣れし 中のい胡蝶は、すぐにそれが源氏物語に出てくる一句であると察した。
作中で光源氏が、最愛のと初めて関係を持った翌朝に、彼女に残していった歌である。
解釈としては
“ 長らく寝起きを共にして参ったのに、一度も肉体的な関係を持たず、よく耐えて参ったものだ ”
という事であるが、歌に込められた裏の心は
“ このをどうあなたに伝えたら良いのでしょう。いつも一緒に過ごしてきたあなたと、ようやく結ばれることが出来て… ”
と、笑いながら言う者もあれば
「いや違うね、これは弟君の信勝様を擁立しようと企む一派の暗殺であろうよ。いつまでも信光様の後ろ楯があっては、信長様を討ち取る妨げになるからな」
と憶測を並べる者もいた。
だが濃姫は信じなかった。
どれもこれも確証のない話である。
少なくとも我が夫は、例え信光に何らかの思惑があったとしても、一戦も交えずして、
長らく支持者であった実の叔父をこのような形で謀殺するような男ではない。
それほどに情けない人間ではないと、濃姫は信じたかったのである。Business Center for Correspondence Address | easyCorp
しかし、付け加えるように三保野から
「亡き守護代・信友様がその腹を召される前に、信光様に申したそうでございます。
偽りの起請文をしたためた神罰がいずれ下ると、天道に背いた者は必ず自分のようになるのだ、と」
「信友様が !?」
「はい。故に信友様ご切腹の場に居合わせた者たちは皆、信友様の祟り、天道に背いた報いじゃと申して恐れおののいたと聞き及びまする」
「…報い……」
この話を伺った時は、さすがの濃姫も自身がその助言者であるが故か、その華奢な肩を大きく上下に震わせた。
そしてふいに、道三や義龍、孫四郎、喜平次の顔が光の点滅の如く刹那的に脳裏に浮かんだのである。
何故 信長よりも先に美濃の親族たちの顔が浮かんだのか、この時の姫には分からなかった。
ただ、兼ねてよりの不安が現実のものとなったら…。
神罰というものが本当にあるのだとしたら…。
氷のように冷たい汗が、背中を這(は)うように流れ落ちてゆく心地の悪さに、濃姫は苦悶の表情で耐えているのだった。
──清洲城が那古屋城に比べて格段に豪奢で格調高いのは言うまでもなかった。
それが信長の大掛かりな改修によって、城内はこれまでにも増して宏壮な構えとなり、
御門も南北に位置する櫓も、すっかり新城主の趣へと変化したのである。
先の戦で土埃や血渋きに汚れた床や柱は徹底して磨き上げられたが、その殆んどは新たに普請された為、
城内の各廊下には木材の良い薫りが漂い、通り行く人々の心を僅かながらに和ませていた。
また城内に六、七ヶ所もある掘井戸をかかえた庭には、松や紅梅、楓などが多く植えられ、さながら森を作るように樹木がその両腕を広げている。
女たちが住まう本丸の奥御殿にも木々が多く生い繁っていたが、一方で水辺も多く存在していた。
特に東南の広池の上に設けられた釣殿のような一角は、どこか那古屋城の裏庭にあった心字池と風情が似ていた事から、以後は濃姫のお気に入りの場所となったのである。
そんな濃姫の住まいは、奥御殿の中でも最も奥まった場所に当てられていた。
奥まったと言っても、部屋の前に典麗な中庭が設けられた、明るく、風通しの良い場所であり、
十二畳と八畳続きの御居間から始まる姫の御座所は、どこも華やかで広々としていた。
清洲城へ移った最初の頃は
「姫様。那古屋のお城もよろしゅうございましたが、やはりこちらのお城の方が優美で格式高こうございますな」
「ええ。一通りの改修が済むまで随分待たされたが──どうやら待った甲斐は十分にあったようじゃ」
と、濃姫も三保野ら侍女たちと共に城内を見て回り、その素晴らしさに胸打たれたものだった。
「いや、良いのじゃ信勝殿。持て成しはまた今度の機会に。
本日はそなた様と、直に話し合いたい儀がございましてのう」
「それはそれは。 …して、どのようなお話しにございましょう?」
信勝が訊くと、信友は座敷の入口に控える家臣たちに向けて、すかさず目配せをする。
それを受けた家臣たちは、入口の襖をサッと閉じ、速やかに座敷の前から去って行った。
怪訝に満ちた信勝の面差しが、一旦入口の襖へと向き、またゆっくりと信友の方へ戻された。
「これはいったい…」https://www.easycorp.com.hk/en/virtual-office
「信勝殿──。回りくどい言い方はせず率直に申し上げる。
我ら大和守(清洲織田)家としても、あのうつけ者の家督継承については甚だ遺憾に思うておりまする」
信友の言葉に、信勝はスッと眉をしかめた。
「こちらの心は報春院殿、柴田殿ら重臣たちと同じ。一刻も早く信勝殿に弾正忠家を継いでいただき、織田一門を立派に纏め上げてもらいたいのです」
「そんな……困りまする、信友様までもが左様に仰せられてはっ」
「何が困る事があるのです!? 兄弟の別など関係なく、より優れた方が家督を継ぐ。それがこの戦国の世の習いではございませぬか。
亡き信秀殿が最後まで廃嫡をお認めになられなんだ故、うつけと謗(そし)られる信長殿が奇跡的に家督を継がれましたが、
本来ならば信勝殿が嫡男の座を与えられ、父上の後を継がれていても可笑しくはなかったのですぞ!?」
「……そう申されましても、既に家督は兄上が継がれております故、わたしの出る幕では…」
「奪い取れば良いだけの話ではございませぬか」
信友はさも当たり前のように告げた。
「信長殿から当主の座を奪い、あなた様がその座に就く。これほど簡単な話が他にござろうか?」
「無茶を申されますな。わたしは兄上から当主の座を奪うつもりはございませぬ。第一、兄上とて納得なされますまい」
「納得?」
「左様です。我々が説得に当たったところで、あの兄上がそう易々と当主の座を手放すとは思えませぬ」
信勝が渋面を作りながら言うと、いきなり信友は堰を切ったように笑い出した。
「何を言い出すかと思えば、あのうつけ者を説得するなどと…。面白い冗談を申される」
笑い涙を指先で拭いながら、信友は悪鬼の如く微笑むと
「説得のような回りくどい真似は不要。ただひたすらに、信長殿を討つ事だけをお考え下さいませ」
そう平然と言い放った。
「兄上を…討つ!?」
「左様。それ以外に、確実に当主の座を奪う方法はござらぬ」
「な、なれど母上は、兄上の死を望んでなどおられませぬ!あくまでも兄上が自ら座を退くようにと」
「はっ、これだからおなごは甘い」
信友はすかさず立ち上がり、信勝の真っ正直へと座り直した。
「そのような情に惑わされておる故、いつまでたっても事が運ばぬのです!
信長殿は兄でも身内でもない。あなた様が討ち取るべき敵だとお思い召され」
「兄上を敵などと、そのような事…!」
「思いとうなくても、信長殿はいずれあなた様の敵となる日が来るのです。
報春院殿や重臣たちの反感が更に高まり、信長殿に謀反を疑われるような事態にでもなれば、逆にこちらが討たれるかも知れないのですぞ」
「馬鹿なっ、有り得ませぬ!」
「いえ、有り得る事なのです。信勝殿とてご覧になられたでしょう?信秀殿の葬儀の席における信長殿のお振る舞いを。
唯一自分を信じてくれていた父親の位牌に、あろうことか抹香を投げつけられたのじゃ。
信長殿という男が如何に愚かで、情の薄い人間か、あの一件でようくお分かりになられたはず」
信勝は思わず返す言葉を失った。